餃子とスイーツ、2つの戦略を比較する
2025年6月のある昼下がり。雨はないが湿っぽい空気のなか、私は埼玉県の住宅街にある無人店舗を訪れていました。
気温は30度を超えている模様で、ひんやりした店舗内の冷凍食品は、それだけで涼を誘っています。
「餃子の雪松(以下、雪松)」と「24スイーツショップ(以下、24)」の2つの店舗は、入店時、客はゼロ。
それぞれ10分ほどの滞在でしたが、2020年にオープンしたという雪松には、入れ違いで高齢の女性が入ってきました。道路をはさんでスーパーマーケットが目の前にあるなかで、およそ5年も店舗が維持されてきたのは、うまく共存共栄できているのだろうと、私は推測しました。一方、24は2024年のオープン。SNSによると当初は行列もできたようですが、2台ある駐車場(おそらく月極で支払いあり)も空いており、客が来る気配はありませんでした。夜がピークという店舗特性によるとも思いますが、フランチャイズ(以下FC)店ということで、ふと一抹の不安がよぎったのです。
ここ5年ほど、コロナ禍をはさんで、無人店舗のマーケットは大きく伸びました。
人手不足、非接触ニーズ、そしてITの進化が、この「小さな小売革命」を後押ししました。しかし、一時の熱狂が冷め、そのビジネスモデルとしての困難性も浮き彫りになりつつあります。
この革命の先駆者であり直営主義を貫く雪松と、コロナ禍後の熱狂が過ぎたタイミングでFCモデルを武器に一気に店舗を拡大させた24。象徴的かつ対照的な2つのビジネスモデルを比較しながら、無人店舗の「いま」と「これから」について、少し考察してみたいと思います。
先駆者・雪松の戦略転換
無人店舗ブームの火付け役といえば、間違いなく雪松でしょう。群馬の老舗の味を武器に、「冷凍餃子36個入り1000円」というわかりやすい商品を、24時間営業の無人店舗で販売する。
決済は現金のみで、利用者の良心を信じる「賽銭箱スタイル」。シンプルで、昔ながらの無人直売所の温かみを感じさせるモデルは、非接触という時代のニーズにもはまり、一時は全国に400店舗以上を展開するまでに成長したといいます。
しかし、その成功は市場の成熟を早めました。参入障壁の低さは模倣の容易さを意味し、あっという間に類似の無人餃子店が乱立。消費者からすれば「どこの無人餃子も同じ」となり、単一商品だけでは顧客を惹きつけ続けるのが難しくなりました。
注目は、市場の変化に対する雪松の対応の速さと柔軟性です。彼らは新たな業態をゼロから開発するというより、既存の資産を最大限に活用する道を選びました。餃子で培った無人販売のノウハウを横展開し、「日本ラーメン科学研究所」や「もつ煮込み みつ子」といった商品を、既存の餃子店舗で併売する形で展開し始めたのです。
これは、不採算店をただ閉鎖するのではなく、その立地を活かして商品ラインナップを拡充し、1店舗あたりの収益性と顧客単価を高めようという合理的な戦略です。この意思決定の速さと実行力こそ、ほぼ全店直営モデル最大の強みといえます。もしこれがFCモデルであったなら、商品や什器の入れ替え、加盟店の合意形成も含めて、調整に時間と労力がかかります。雪松は、中央集権的な直営体制だからこそ、市場の変化を察知するや否や、スムーズな戦略転換を遂げることができるのでしょう。
挑戦者・24の損益分岐点
餃子市場が成熟期に入るなか、彗星のごとく現れたのが24です。彼らの戦略は、雪松とは実に対照的でした。
「スイーツのセレクトショップ」をコンセプトに、自社製品ではなく、SNSで話題の冷凍スイーツを全国から仕入れて販売するプラットフォーム型モデル。決済は複数の決済方法をもつキャッシュレスのセルフレジ方式、現金決済も対応しているものの、電話をかけて店舗スタッフを呼び出す必要があります。商品は常に流行を追いかけ、月に5品以上の新商品が投入されることで、顧客を飽きさせません。最初から「SNS映え」を意識した商品は、若者世代に受け入れられることとなりました。
巧みだったのはメディア戦略です。人気YouTube番組「令和の虎」や「フランチャイズチャンネル」への露出は、単なる宣伝に留まりませんでした。事業の将来性を高らかに語ることで、投資意欲のある視聴者に直接リーチし、FC加盟希望者を殺到させたのです。創業からわずか1年半で100店舗近くまで拡大したという事実は、YouTubeが事業拡大の強力な「エンジン」として機能したことを証明しています。
【勝手に投資シミュレーション:24スイーツFC加盟店編】
さて、このビジネスに魅了され、投資することを決意したとしましょう。その損益構造をより現実に即して試算してみます。
- 初期投資(推定):約700万円
当初600万円程度とのメディアでの言及がありましたが、物件の条件によって700万円以上になるケースもあるようです。店舗は居抜き前提と推測され、個人で開業するには、少しハードルの高い金額かもしれません。
- 月次固定費(推定):約24万円
内訳:家賃10万円、光熱費3万円、SNSマーケティング費5万円、補充・清掃人件費4万円、その他2万円。
- 変動費(推定):売上の75%
内訳:商品原価67%、ロイヤリティ6%、万引き等ロス2%。商品原価については、フランチャイズ関連のメディアで伝えられた「67%」という数値を採用します。
これは一般的な小売業に比べて非常に高い水準ですが、全国からの商品調達にかかる物流コストなどが含まれていると推察されます。
ここから損益分岐点を計算すると、月商96万円。毎日3万円以上の売上がなければ赤字、という極めて厳しい計算になります(ちなみに、仮に初期投資が600万円で、より一般的な小売業に近い商品原価率40%台で計算した場合、損益分岐点は約46.2万円まで下がります。そうなれば採算性がぐっと高まります)。
このモデルの魅力は、24時間営業で人件費がかからない状態で当たった時の爆発力です。初月売上が2000万円を超えたという景気のいい店舗の話もありました。仮に、成功ラインといわれる月商200万円を達成できた場合、営業利益は月26万円。約700万円の初期投資を回収するには、約27ヶ月(2年3ヶ月) かかる計算です。
一方で、もし売上が伸び悩み、月商100万円に留まった場合、営業利益はわずか月1万円。この水準では、投資回収は現実的ではありません。
このシミュレーションは、24時間営業とはいえ、見学した店舗の来店客がゼロだったとき感じた不安を裏づけています。高い商品原価率と本部に支払うロイヤリティは常に重く、継続的に高い売上を維持できなければ、事業の存続自体が困難になるという厳しい現実がそこにはあるからです。
一方、24の一定の成功は、新たな追随者を生み出しています。2025年の5月には「77スイーツ(ななスイーツ)」という、これまたFCモデルの無人スイーツのFCが登場しました。「77スイーツ」は、季節に応じて「アイスは別腹」「びっくりんご」といった複数の自社ブランドを入れ替える「ブランドチェンジ型」を謳っています。これは、24が「セレクトショップ」として常に新しい商品を探し続けるのに対し、より体系的に季節変動や顧客の飽きに対応しようという、進化形の戦略と見ることができます。このような競合の出現は、無人スイーツ市場の競争が新たな段階に入ったことを示しており、24とその加盟店は、さらなる差別化と付加価値の訴求を迫られることになるでしょう。
無人店舗、次の戦場はどこか
雪松と24。直営ならではの柔軟性で進化するパイオニアと、FCならではの拡大力で市場を席巻するチャレンジャー。両者の対照的な戦略の物語と、採算性の大まかな検討から見えてきたのは、無人店舗ビジネスの市場はまだまだ緒についたばかりという現実です。このまま成長を遂げるのか、市場そのものが潰えてしまうのか、先行者の今後の展開が重要と、私は感じています。
人件費を削減できるというメリットは絶大ですが、それは数ある経営要素の一つに過ぎません。ブームが去り、「無人」というだけで客が来る時代は終わりました。これからの競争の主戦場は、間違いなく別の場所にあります。
1.商品力とブランド力
結局のところ、顧客は何を買いに来るのか。「雪松」の伝統の味か、「24」の流行か。人々がわざわざ足を運ぶだけの魅力的な「何か」がなければ、ビジネスは成り立ちません。
2.見えない運営の卓越性
無人とはいえ、商品補充、清掃、在庫管理、マーケティングといったバックヤード業務は無数に存在します。これらの地道なオペレーションをいかに効率化し、質を高めるかが、収益性を左右します。
3.データ活用の巧みさ
この視点は非常に重要です。先進的な無人店舗は、AIカメラなどを駆使して「何が売れたか」だけでなく、「顧客がどの棚の前で迷ったか」「どの商品を手に取って戻したか」まで分析できます。このマーケティングデータを次の品揃えやレイアウト改善に活かせるかどうかが、単なる物販を超えた、真の参入障壁になるでしょう。無人店舗は単なる「売場」ではなく、「リアルタイムの市場調査ラボ」へと進化する可能性を秘めているのです。
人手不足とIT化の流れのなか、無人店舗という業態がなくなることはないでしょう。しかし、そのビジネスは、一時の熱狂が冷めたいま、より本質的な経営力が問われる、本格競争の市場へと移行しつつあります。
投資対象として見るならば、メディアが切り取る成功の光だけでなく、その裏にあるコスト構造、リスク要因、そして本部の長期的なビジョンといった影の部分を、冷静に見抜く眼が不可欠です。この小さな小売革命の物語は、まだ始まったばかり。AIとITを駆使して「無人店舗」を制するのは、小売業オペレーターではない可能性が高いと、私は想像しています。
参考写真
住宅街に佇む「餃子の雪松」。利用者の良心を信じる1000円ワンプライス「賽銭箱スタイル」は、このビジネスモデルの象徴だ。この店は「もつ煮込みみつ子」併売店。
雪松の決済は現金1000円のみのワンプライス。併売のもつ煮込みや角煮も同じ価格だ。
鮮やかな看板が目を引く「24スイーツ」。SNSとメディア戦略で急拡大する一方、その事業性は個別の加盟店の経営手腕にかかっている。
クレジットカード、ユーザースキャン型のQRコード決済など、セルフレジによるキャッシュレス決済がメイン。現金決済も対応しているが、電話によるスタッフ呼出しが必要となる。